人間活動の撤退は野生動物の繁栄を促進する ―耕作放棄地の増加と温暖化が分布域を拡大―
人間活動の撤退は野生動物の繁栄を促進する
―耕作放棄地の増加と温暖化が分布域を拡大―
新万博体育_万博体育官网-【官方授权牌照】大学院連合農学研究科 Baek Seung-Yun氏(修了生)、同大学院グローバルイノベーション研究院 小池伸介教授、赤坂宗光教授、クイーンズランド大学 天野達也准教授らの国際共同研究チームは、世界で最も急速に人口減少が進んでいる国の一つである日本における、過去約40年間にわたる6種の大型陸生哺乳類(イノシシ、ツキノワグマ、ニホンカモシカ、ニホンザル、ニホンジカ、ヒグマ)の分布域の拡大に影響した要因を検証しました。その結果、耕作放棄地の増加と降雪量の減少が、これら6種の分布域の拡大を促進させてきたことを明らかにしました。そして、6種新万博体育_万博体育官网-【官方授权牌照】の分布域が山岳地帯から主な人間の居住地である平地に近い場所へと拡大することによって、人間活動との軋轢の増加に影響してきたことが示唆されました。今後も人口減少の加速と気候変動の進行が、これらの野生動物の分布のさらなる拡大につながる可能性があります。
本研究成果は、4月16日付でCommunications Earth & Environmentにオンライン掲載されました。
論文タイトル:The range of large terrestrial mammals has expanded into human-dominated landscapes in Japan
著者名:Seung-Yun Baek, Tatsuya Amano, Munemitsu Akasaka, Shinsuke Koike
URL:https://www.nature.com/articles/s43247-025-02261-w
背景
大型哺乳類は種子の分散(種子散布)(注1)や栄養分の循環(物質循環)(注2)、他の生物種の個体数や行動の制御(トップダウン制御)(注3)など、健全な生態系の維持に重要な役割を果たしています。しかし、狩猟や密猟、森林伐採などの人間活動の影響によって、大型哺乳類の生息地や個体数は世界各地で急速に縮減しています。そのため、現在では世界の大型哺乳類の約60%の種は絶滅が危惧される状態となっています。
一方で、近年の保全活動や気候変動などを背景に、一部の地域では大型哺乳類の個体数や生息域が回復しつつあります。しかし、このような回復は農作物被害や人身被害を含む人間活動との軋轢の問題の増加といった、新たな社会問題を引き起こします。そのため、大型哺乳類の回復がどのように進行し、その過程において人間社会にどのような影響を与えるかを理解することは、今後の人間と野生動物の共存において重要な課題といえます。しかし、大型哺乳類の回復過程を長期間かつ広域的に記録した情報は世界的にもほとんど存在せず、特に人間社会の変化が大型哺乳類の回復にどのように影響するのかについての知見は限られます。
研究体制
本研究は新万博体育_万博体育官网-【官方授权牌照】大学院連合農学研究科 Baek Seungyun氏(修了生、現同大学院グローバルイノベーション研究院 特任助教)、同大学院グローバルイノベーション研究院 小池伸介教授(兼任 新万博体育_万博体育官网-【官方授权牌照】農学部付属野生動物管理教育研究センター 副センター長)、赤坂宗光教授、クイーンズランド大学 天野達也准教授(兼任 新万博体育_万博体育官网-【官方授权牌照】大学院グローバルイノベーション研究院?スーパー教授)で構成された国際共同研究グループによって実施されました。本研究の一部は科研費(19H04317, 23K26942, 24H01429)、新万博体育_万博体育官网-【官方授权牌照】大学院グローバルイノベーション研究院の支援を受けて行われました。
研究成果
本研究では、過去約40年間にわたる日本における全国規模の陸生の大型哺乳類(イノシシ、ツキノワグマ、ニホンカモシカ、ニホンザル、ニホンジカ、ヒグマ)の分布域(注4)の情報を用いて、大型哺乳類の分布の変化にどのような影響を与えているのかを検証しました。過去約40年間において、全6種の大型哺乳類の分布域は顕著に拡大してきました(図1)。これらの分布域の拡大に影響すると考えられる要因を解析したところ、人間活動の低下および撤退に伴う耕作放棄地の増加、降雪量の減少が共通して各種の分布域の拡大に影響していることが示唆されました(図2)。具体的には、人間活動が低下し、耕作放棄地が増加した地域ほど、これらの大型哺乳類は新たに分布を広げる傾向がありました。つまり、耕作地が放棄され、それらが森林へと回復する過程が、野生動物の生息場所の拡大につながったといえます。また、降雪量の減少の程度が大きい地域(高緯度の地域や高標高の地域)に分布を拡大する傾向もみられました。
さらに、約40年前は全6種の分布域の中心は山岳地帯でしたが、分布域が拡大するのに伴い各地で人間が居住する平地やその周辺にも分布域が拡大しました。その結果、ニホンジカやイノシシによる農作物被害のみならず自動車や鉄道との衝突事故、ヒグマやツキノワグマによる人身事故も急増してきました(図3)。また、ニホンジカの生息密度の増加に伴う植生構造(注5)の改変や土壌流出といった自然生態系への負の影響や、各種の分布拡大に伴う人獣共通感染症の感染リスクの拡大など人間社会における公衆衛生や安全面での危険性も危惧されています。
今後の展開
本研究の結果は、今後も地球規模での温暖化が継続すると予測され、さらに急速な少子高齢化に伴う人口減少、都市部への人口の一極集中が加速すると予想される日本において、これらの大型哺乳類の分布域の拡大は止まらない可能性を示唆しています。さらに、日本だけではなく、同様の状況を抱える世界の他の地域においても、大型哺乳類の回復とそれに伴う人間活動と野生動物との軋轢が増加し、深刻な社会問題となる可能性をも示唆しています。しかし、分布域の拡大の要因や生息域に必要な条件は種ごとに異なることから、今後の生息域の拡大の予測は種ごとに検討する必要があります。
今後もこれまではなかった大型哺乳類と人間社会との接点が増えることは、人間と大型哺乳類との間の軋轢をさらに増加させると考えられます。これからの大型哺乳類との共存を実現していくためには、これまでの管理政策を実施するだけではなく、行政での野生動物管理の専門知識を持った職員の配置や地域住民への正しい情報の普及啓発などを計画的かつ継続的に行うことが必要です。
用語解説
注1)動物が果実を採食、あるいはどこかに果実を蓄え、また体表に種子を付着させることで、植物の種子の分散を促進する現象。
注2)動物は植物や動物を採食し、さらに動物の遺体や排泄物が微生物によって分解されることで、様々な物質が循環する現象。
注3)食物連鎖において上位に位置する生物(おもに捕食者)が、下位の栄養段階にある生物の個体数や行動に影響を与える現象。
注4)本研究では全国を5㎞メッシュで区切り、各種の生息が確認されたメッシュを分布域とした。
注5)ある地域にどのような植物種がどの程度の割合で垂直的に生育しているのかを示す。

図1:1978年から2010年代までの6種の大型哺乳類(a: ニホンジカ、b: イノシシ、c: ツキノワグマ、d: 二ホンカモシカ、e: ニホンザル、f: ヒグマ)の分布域の変化。濃い青色は1978年時点での分布域を示しています。緑色と黄色はそれぞれ2003年および2010年代に新たに拡大した分布域を示しています(種によって最新の調査年が異なります)。1978年に比べて2010年代には、メッシュ数でニホンジカは2.6倍、イノシシは1.9倍、ツキノワグマは2.0倍、二ホンカモシカは2.1倍、ニホンザルは2.1倍、ヒグマは1.9倍に増加している。図はBaek et al. (2025) Commun. Earth Environ.を基に作成。

図2:日本における大型哺乳類の分布域の拡大過程の模式図。大型哺乳類が分布域を拡大させる際には、周辺の生息に適した場所(人間活動が少ない場所や積雪が少ない場所)を優先して、分布域を拡大します。その結果として、最終的には人間活動の盛んな地域に分布域が近づくことで、人間社会との軋轢が増加してきたと考えられます。

図3:日本各地の大型哺乳類と人間活動との軋轢の増加の事例。左から、栃木県と千葉県におけるイノシシによる農業被害額の変遷、岩手県と北海道におけるニホンジカによる農業被害額の変遷、全国のツキノワグマによる人身事故件数の変遷、北海道におけるニホンジカと自動車および鉄道との衝突事故の件数の変遷。図はBaek et al. (2025) Commun. Earth Environ.を基に作成。
◆研究に関する問い合わせ◆
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小池 伸介(こいけ しんすけ)
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